By プロの不動産コンサル 小林 幸孝

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妹に今回の回想録をメールで送り読んでもらった感想です。

ノロウィルスのため4日間トイレとお友達でした!!皆様に感染させてはいけないのでお休みさせていただきました。

妹に今回の回想録をメールで送り読んでもらった感想です。

昨夜、早速読ませてもらいました。
 病気によって生活・体のすべて(思うように足が前に進まない・細い血管が
詰まる事で起きるボケ症状)が急激に変化していく様とそれを受け入れられず
苦悩し、よくお母さんにあたっていた事、私も両親中心の生活に変わらざるを
えない状況に戸惑い、眠れない日々があった事を思い出していました。

 よく、介護経験のある友人には相談・愚痴を聞いてもらいました。でも愚痴を聞いてもらって一番すっきりするのは、兄である<あなた>です。
 
仕事中であるにもかかわらず、よくよく聞いてくれました。感謝です。
 そのことは、友人もよく知っております。これがあったからこそ、すべてを水に流しながらやってこれて父を見送ることが出来たと思います。

 葬儀に関しては、お父さんが亡くなった時点から、まるでベルトコンベアーに乗ったがごとく事が進みアレはなんだったのかと思い起こしてもうる覚えの状態で、はたしてこれで終ってよいのか?と思っていた矢先にこの『回想録』。
 さすが、違いますね。
 細かい事まで書きつづられており感謝でいっぱいです。
 7割方という事なので、是非完成を楽しみにしています。

本当ならもっと感想を書きたいところなのですが、麻愛が友達とスキーに行く
準備(弁当やら、スキー道具を一式出す)にかからなくてはならないのでまずは
失礼します。

追伸 ; 涙あり、笑いありでなかなか面白かったですよ。

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円満相続7

東京では通夜に会葬すると必ず、お清めがあります、また、告別式の後、精進落としをしますが、北海道では、通夜でご焼香後、会葬者はそのままお帰りいただくようです。また、告別式の後、繰上げ法要をすませ折り詰めとお返しを頂き散会します。
更に、北海道は49日のお返しはしない慣わしのようです。
どうも、北海道は新天地でしがらみがない気風なのか合理的なのか、もともと、北海道へ渡った先人たちは当時、内地で食い詰めた人たちでしょうから、貧乏の中、

皆で出し合って葬儀をやるという『生活の知恵』なのでしょう。

ここから、野口塾での弛まぬ勉強(譲る心)が今回の父の相続の話し合いに大変役に立ちました。感謝!
野口先生のお陰で、父の傍で、日々一番面倒を見てくれた妹夫婦と更に円満な関係になることができました。これも皆野口先生からのご指導の賜物です。

 長年、上記の通り妹が両親の面倒を見てくれていました。兄は名古屋、次男の私は東京に住んで役立たずの二人です。 常に譲る心を持ち合わせている私は以前から妹に『俺は財産放棄し由美子(妹)にあげるから、両親のことを頼むな!』と事あるごとに言っていましたが、兄夫婦の気持ちはわかりませんでした。
 初七日に、私夫婦と兄夫婦と妹と、今後の母のことを絡めて兄夫婦に財産放棄をすすめました。 野口先生の『譲る心を持つと後で幸せがやってくる』という話を繰り返しました。有る間があり兄嫁が『由美子さん(妹)がお父さんの面倒を見てくれたのだから私達には権利は無いわ!』と言ってくれ、事なきを得ました。
 
しかし、兄はおとなしい性格ですが、父が小さい頃から『俗に言う長男』として育てたため、家督相続的なものを頭の中の何割かはあったはずです。というのは、父自身が長男でまさに家督相続を実践してきた人間ですから当然かと思います。
 
また、兄嫁も同様に考えていたと思いますが、私の説得にあっさりと理解し同意してくれたのには感動しました。やはり、私の常日頃からの『譲る心』が伝わったのでしょうか?
後日談ですが、義弟が妹にそうはいうものの、お兄さんたちもこれから49日を始め法事があるのだから、全くの財産放棄ではなく、今後の交通費として、一人百万程度は取ってもらったらとのことの話を聞きました。

 お蔭様で、私と兄が財産放棄し、兄弟姉妹の関係が円満に気持よく解決しました。



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適度な夫婦げんかは健康に良い?米研究報告

適度な夫婦げんかは健康に良い?研究成果はJournal of Family Communication1月号に掲載される。(c)AFP

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円満相続6

この夜は私の長男と妹の次男が朝まで起きていてくれました。感謝。
通夜当日、15時に、斎場のバスが自宅まで迎えにきてくれ斎場に入り礼服に着替えました。その夜は斎場に泊まるため、まずは普段着で行くようです。

着替えていると、会場担当者の方が直ぐ2階の会場に下りてください。
『お花が大変なことになっています!!』
なんと!会場に溢れんばかりの生花が所狭しと渋滞しておりました。
数にて52基。それもほとんどが2段の生花です。まさに皆様のご厚情の塊です。
生花の名前を拝見するごとにいただいた方の顔が浮かび、目頭が熱くなりました。
感謝です。叔父が私の関係の生花の数を数え、『あなたの関係できた生花の数は33基ですね。いや〜!あなたは凄いですね。親孝行しましたね』と言っていただきました。
現役を退いた86歳の老人の葬儀は、まさに、一般的には寂しいのが常です。
しかし、会場は生花に溢れ、大変華やいだ雰囲気の中で葬儀を行うことが出来ました。皆様には、本当に心から感謝の気持ちで一杯です。
確かに、通夜の会葬御礼の数の打ち合わせの際には、もちろん、兄や私は道外に生活の拠点があるので、我々の関係者は皆無に等しい筈ですし、親戚を入れても30人〜40人程度、多くたって50人でしょうといっていたのですが、予想外の会葬者の数のため、急遽、椅子を増やし、倍の約100名以上の方々にご会葬いただきました。
父の元勤務先の部下の皆様、町会の皆様、老人会の皆様、パークゴルフの皆様
本当に感謝申し上げます。
生花の件ですが、習慣の違いが大いにありました。
東京では祭壇の回りに生花を供えるものですが、北海道では祭壇側には並べず、祭壇に向かい会場の壁の左右に並べるのが慣わしのようです。結果、生花は祭壇に向かい会場をコの字に並びました。
なんと、担当者曰く、北海道では祭壇に生花を供えるのは『ヤクザさんの葬儀』だそうです。いや〜!ところ変われば変わるものです。
会場に生花が3基入りきらず、受付の横に並べさせていただきました。
会場のコの字型に並べる際も、祭壇に近いほうから親戚、偉い方から並べるそうです。
あくまでも一般的にはですがと担当者に教えられました。
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円満相続5

深夜12時過ぎの打ち合わせ開始5分後に、救いの神が登場です。
それは母の4人姉妹の一番下の妹夫婦で、小樽からまさに駆けつけてくれました。
この叔母のお陰で、葬儀社さんからリーダーシップを取り戻すことが出ました。
さて、決めなくてはならない項目の一番は祭壇です、金額が張り、50万円台にするのか、70万円台にするのか選択をすると、後の項目の金額は万単位にもかかわらず小さく見えます。これが営業戦略で、ポイントのようです。

ここで物事を決定する根拠は、やはり、世間一般的にはどうなのかという点が重要に思われました。その点、叔父は年齢からいい、また、元教員という立場上普通生活レベルの方の葬儀への参列経験が豊富にあり、今回各項目決定をする上で大変参考になりました。もちろん、その土地の習慣により大いに違う点があることも見逃すことはできません。

もちろん、商売ですから、葬儀社さんは少しでも高いものに誘導、まさに、我々遺族を心理誘導し決定させるという行動誘導を仕向けますが、彼らも経験上、それぞれの家の懐具合を見計らい各項目の上下ランクの二者択一をさせるようです。
たとえば、本体価格は示さず、差額は『8千円ですよ!』といわれると、そうあることじゃないし、まあいいか!という気持ちになってしまいます。

我々は、社会的動物であり一人では生きられない。やはり、日本人は恥の文化で育っているため、常に世間から恥をかかないようにしたいという気持ちが、まず、念頭にあるようです。
そんなこんなで葬儀の打ち合わせは夜中の12時過ぎから、2時半過ぎぐらいまで続きました。いや〜!疲れました。
この夜は義弟と彼の長男と私で朝まで線香とロウソクを絶やさないよう起きておりました。
朝早く、○○寺(檀家のお寺)に葬儀の日時・斎場の報告と確認及び枕経をお願いするため連絡しました。
母が7時にお寺へ連絡したため、8時過ぎには枕経をあげに来ていただきました。

今日から告別式の翌日まで(朝3回自宅・通夜・告別式)のお寺さんの費用は43万円です。僧正様とお付のお坊様が2名で鳴り物あり。
参考:昨夜の葬儀社さんの話ですと、札幌では一般的にはお坊様はお二人が多いようです。
また、一般相場は僧正様が20万円、お付のお坊様は一人10万〜15万円です。

ところが、枕経のお坊様は3人いないと鳴り物が出来ないんだよね・・・。とのことで、

我々は『よろしくお願いいたします。』の一言のみ。
ここでは、もしその場に叔母がいたとしても何も言えなかったでしょう。
なんといっても、お坊様が一番偉いようです。

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円満相続4

また、父は二十年前、小樽の○○寺の別院が札幌に出来る際、立ち上げに協力しお手伝いさせていただいたお陰で曹洞宗大本山永平寺より、生前夫婦とも戒名をいただいておりました。

ちなみに、戒名は 禅覚院壽岳総道精居士です。

お墓は札幌の石狩の「ばらと霊園」に一昨年買い求め、墓石は昨年の春に完成し、9月に母の父の50年忌の際、車椅子の父が我々家族にお墓をお披露目しました。
葬儀社の担当者が、『戒名、お墓、仏壇がそろっている仏様は余りおりません。

なんと、用意周到なお方なのでしょうか』と少し口惜しがっておりましたが、さすが、  やり手の山田さん(小母様営業ウーマン)です。
地元の妹を攻めて「やわらぎ友の会」の積み立てに入会させてお帰りになりました。
とりあえず、次の見込みは姪の結婚式が安く利用できるという誘い込みでした。

本当のターゲットは・・・?囲い込みなのでしょう。

折角ですから、葬儀社さんとの出会いからご紹介いたします。
今回お世話になった葬儀社さんの『やわらぎ』さんは父が亡くなった病院の紹介です。

父が息を引き取り、家族が茫然自失、あるものは取り乱すが20分30分と泣いている人はいないので、5分か10分後くらいの間で且つ遺族が冷静さを取り戻す前に間髪い
れず、婦長さんが病室に来て『お付き合いの葬儀社さんはありますか、なければご紹介いたしますよ。』
どうする?お願いするの?と我々遺族。
『お願い・・・』という言葉を聴くやいなや婦長さんが『わかりました!』

ワン呼吸即、『いずれにせよ、葬儀社さんがお見えになりご遺体を綺麗に整えていただきますから、皆様には別室にてお待ちいただきます。よろしいですね。』
ここからが葬儀のスタートです。

何でも『間』が大事ですね。早すぎても遅すぎても間が抜けてしまいます。
さすが、婦長さんの『間』は完璧でした。

事前に友の会に入り積み立てをしていない限り断る理由はないようです。
ましてや、1ヶ月以上も入院し、カテーテルでの吸引等至れり尽くせりお世話になった看護師さんのトップの婦長さんから言われたら断れないと思います。

葬儀社さんは婦長さんと懇意にされると仕事は取れること確実です。

ただし、余談ですが、葬儀社さんも第一印象の風体は大事です。
というのは身支度を整えた後は自宅へ搬送ですが、二人中一人があんまり風体のよくない人がおりましたが、少し不安になりました。
そんな心配はすぐ頭から消え、車中では携帯にて親戚の叔父、叔母へ父の死を報告。『先ほどの夜の9時18分に・・・』
そうこうしているうちに、家に到着。

葬儀社さんの指示で家の布団を仏間に敷く。
後は全て葬儀社さんが用意してくれました。ただし、後ほど各項目に万単位の金額が請求書に記入されておりました。
完全に葬儀社さんがリーダーシップをとる。

私達兄弟姉妹も今回葬儀の打ち合わせ等は全く初めてのため何がなんだかわからずといった感じで、さあ〜葬儀の打ち合わせスタートです。

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円満相続・父の回想録3

父は大正10年北海道江差町トド川にて、金津織大郎・ツルの四男二女の長男として生まれました。

織大郎が42歳で腸チフスにかかり亡くなったため、小学校中退を余儀なくされ家の仕事を手伝わざるを得ない状況になったそうですが、周りの人たちは父が幼少の頃から優秀だったため、本来は函館の中学(師範学校)にいかせるつもりだったようです。
それでも、ある時期から父は徴兵で軍隊に入隊し、厳しくも有意義な青春時代を送ったようです。父にとって、軍隊はお給料を頂き更に、勉強をさせて頂く居心地のよい場所のようでした。幸い、軍隊では戦地へは行かず、樺太の警備隊だったようです。
ただ、騎馬隊に所属していた時に、馬から落ちた怪我が原因で戦後も何回か入退院を繰り返していたのを子供心に覚えております。

父は低学歴、軍隊の怪我での入退院等ハンデを乗り越え努力をして、札幌本社の金〆高橋水産の小樽支店の責任者までになり、更に、札幌の子会社の食品会社の幹部にまでさせていただき円満退職いたしました。とにかく、頑張り屋の父でした。

現役当時、札幌に着てから「よく羨しい」と言っていたのが、本社のほとんどの役員は学卒でいろいろな会合で北大、小樽商大の同期や同窓が産業界にいて、『やあ〜先輩!』と呼び合える関係のことです。父は小学校中退ですから、そういう産業界で同期、同窓がいなく寂しい思いをしていたようです。父にあるのは、軍隊の集まりの会という人脈のみでした。折に触れ、小さい頃から、我々子供たちには大学は出ろといわれ、将来人脈が広がるといわれました。3人ともお陰様で大学を出させていただきました。そこで、人脈作りのためかどうかわかりませんが、札幌選出の地崎さんという自民党の国会議員後援会に入り選挙の時期には頻繁に参加し協力をしていました。

札幌での人脈の広がりは後援会活動が役に立っていたようです。
ただし、父には学歴がないからということでの卑屈や劣等感は全くありませんでした。

唯一『先輩、後輩関係』には羨ましいといっておりました。
その影響かわかりませんが、過去に地域の区会議員さんの後援会会長もさせていただいたようです。
お陰様でその区会議員さんには通夜、告別式共に参列していただき、誠に感謝しております。

葬儀社の担当者は、『議員さんは普通の有権者には電報、親しい関係で通夜か告別式どちらかに参列、両方参列されるというのは、よっぽど特別な関係でないとありえないですね。』といっておりました。

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円満相続の秘訣2

父はいろいろな社会貢献活動や運動をしていたのですが、ここ1年半前からパーキンソン症候群という病気を患い足の歩行が思うようにいかなくなりました。なり始めは特に、脳からの指令が足に思うように伝わらないという『現実』を『元気なときの自分』と比較し素直に受け入れられず、とにかく、自分に対し、また、ストレスを周りのものに当たっていたようです。更に、少しボケが始まり妹は本当に苦労しておりました。

誰しも、他人に対する態度と違い身内のものには遠慮がなく本当の自分をわがままも含めてさらけ出してしまうため、周りで世話をする者は本当に大変な思いをするものです。

ある時、妹がパートへの出掛けに10日間にわたり、同じ事を毎朝30分位にわたり電話があるというようなことも繰り返していたようです。
内容は、通帳の暗証番号を忘れた!大変だ!
お金が無くなった。お前(妹)が盗ったのでは?
時には、老人相手の押し売りにひっかかりいろいろなものを購入。

だいぶおかしいいのかなと思い私が電話をすると、時として短時間なら全くまともな対応振りでした。
ましてや、従業員の指導などの話になると、現役時代のサラリーマンの経験がよみがえって来るのか、適切なアドバイスと人の使い方のノウハウを時々教わったものでした。
でも、晩年は電話には出るのですが億劫になったのでしょうか。それとも、多少おかしい自分を見破られるのを警戒してかはわかりませんが、電話に出ては当たり障りのない話をして直ぐ母に替わるようになりました。

妹は夫の単身赴任・パート勤務にもかかわらず、毎日のように家に立ち寄り両親の面倒を見ていました。
妹から、メールや電話での報告、そして時には、父とのやり取りの愚痴もありました。
妹も誰かに自分の気持ちをぶつけたくてかけてくるのでしょうから、兄にはかけにくいのか私のほうに日常的に電話がありました。
私は妹への感謝の気持ちを持ってよく聞いておりました。

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円満相続の秘訣・父の回想録

父の葬儀回想録 父は定年退職後、地元の地域活動に参加し、地域の小さな社会貢献に力を入れ、周辺の皆さんから慕われていたようです。父もそれを誇りに生活の糧としておりました。
もともと農家の長男として生まれたのですが、農業が嫌でサラリーマンになった人でした。
 
やはり、血なのでしょうか。約200坪の自宅の敷地うちの2/3にブドウ畑やいろいろな農作物を作ることを楽しんでいました。父が亡くなり、近所の皆様方がお線香を上げに来た際、何人もの方から『よく野菜をいただきました、根を植えていただき育て方も教えていただいたのですよ』というお声をお聞きしました。
また、峰和会(町内の老人会)の役員の皆様がおいでいただいた際、『札幌市役所から老人会へ補助金をもらうべく、父が会長の10年間に、単身市役所へ何度も行き交渉を繰り返し、結果、『老人会への補助』が実を結び、現在の老人会の礎を会長が作ったのです。』というお話もお聞きしました。

サラリーマン時代からゴルフが好きで、よく行くコースでは、何度もパープレイで回っていたようです。私の東京の友人達と札幌へゴルフに行った際、サッポロビール園で、母や妹家族達一同の前で父がビールを飲みながら私達に得意げに話していました。
その話を聞いて以来、私のDNAの中には、パープレイの潜在能力があり、いつ顕在化するかわらない状態ですよ、とゴルフ仲間には冗談をいっております。

父はゴルフの経験を生かして、パークゴルフに熱中した結果、手稲地区のパークゴルフの会長を任せられるまでになりました。
そのころ夏に帰省すると、父は、朝まだ薄暗いうちから、パークゴルフに出かけ、私が顔を洗い朝食にありつこうとする頃、一回りか、2回りかわかりませんが運動を終え帰宅し、父と母の3人で朝食をとったものです。幸い、家の直ぐそばに、前田森林公園という大きな公園があり、その中に、これもまた広大なパークゴルフ場があり、非常に便利に利用していたようです。

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元旦のスーパー

最近は元旦からスーパーが営業しています。私は半信半疑で、買い物客に注目していました。だって正に、正月そうそう何を買うんでしょう?スーパーには福袋はないのに!暮れに用意しなかったのでしょうか?でも、不思議なことにいろいろ買っている人がいるんです!
タイガーコバ。感謝!09016655796
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